期待と無関心の間のちょうどいいところはどういうところだろうか

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親が期待しすぎると重荷になる

親が我が子に期待してしまうのは自然なことかもしれませんが、

子どもは期待に応えようとしますから、大変。

サッカーを「やらされている」と子どもは楽しくなくなる。

期待されまくったWカップのブラジル代表、苦しそうでしたね。
期待と無関心の間のちょうどいいところをさがす

 親が無関心だとやる気が出ない

一方、子どもは自分が頑張ったことを親に認めてほしいから、

親が無関心では小僧のやる気が出ないし面白くない。

 

期待と無関心の間のちょうどいいところはどこだろうか

期待はダメ、無関心もダメ。そこまではまあ分かるんです。

ちょうどいいのはどういうところ?

それが問題。

 

「サッカーが本当に好きな子どもは放っておけば勝手にうまくなる」

という人もいますが、

日本には子どもにとって沢山の誘惑がありますから、

「サッカーが上手くなりたい」という子どもの気持ちを

ある程度親がサポートする必要が有ると思います。

 

いろいろと口を出したくなるオヤジとして、今までの経験と読んだ本たちから、

「今のところの」と限定版ですが、チェックポイントを考えてみました。

 

練習時間について

  • 無理矢理練習させようとしない。
  • TV見てダラダラしている時間が長ければ、軽く「練習した方がいい」と言う。
    →大抵TVの誘惑に負ける。
  • それで練習や試合で悔しい思いをしたときに、「やっぱりあの時練習しておけばよかったね」と話をする。

練習メニューについて

  • 基本は子どものやりたいことをやらせる。
  • 練習メニューを考えるのはOK。
  • やりたくなくてもやれば必ず上達する練習をやるように促すのはOK。
  • 3回ほど促してもやろうとしなければ、一時的に封印する。

試合観戦について

  • 見ていて自分がイライラして来たら、期待が重荷になっている時だと自覚する。
    そういうときは子どもが楽しそうにプレーしてない。
  • 挑戦しながら楽しめることが一番。
  • 勝ち負けよりも本人の充実感を見る。

 

まだまだ手探りな部分です。

皆さんがどうしているかコメントいただけると嬉しいです。


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期待と無関心の間のちょうどいいところはどういうところだろうか” への2件のコメント

  1. うちは息子がプロになると言ってるので、それを前提に気が抜けてたりしたらボロクソに言いますが、その分良いことも超大げさに褒めます。

    期待もしまくっていますが、一生懸命頑張った結果、夢に届かなくても、そこまでやれば他の夢がまた見られていつか達成できるというようなことを常々話しています。そしてたくさん話をして、たくさん遊んでいます。

    大切なことは子供が、たとえ夢破れても、頑張るのに疲れて夢を諦めたとしても、親はいつでも両手を広げて迎えてくれるし、抱きしめてもらえるという絶対的な自己肯定ができている状態を常に保つことだと思います。それができていれば子供は健全に育つと思います。

    • 高橋正彦さん、いつもコメントありがとうございます。

      「絶対的な自己肯定ができている状態」
      我が家ではこれが十分に出来ていないかも知れません。

      「一生懸命頑張った結果、夢に届かなくても、そこまでやれば他の夢がまた見られていつか達成できる」
      これを私も話してみようと思います。

      そして、「たくさん話をして、たくさん遊んで」が大事ですよね。

      先日我が家では、サッカーに身が入っていない状態をボロクソに言いました。
      感情的にならず、追いつめるようなことは言わず、事実を淡々と冷静に、かつボロクソに言いました。
      それから気持ちの入り方が変わったようです。
      学校へ行く前のわずかな時間ですが、自分で朝練をする様になりました。

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