ミラクルボディー ネイマール
NHKスペシャルミラクルボディー第一回でネイマールを特集していました。
ネイマールのシュートやドリブルの秘密が紹介されており、非常に興味深い内容でした。まだ見ていない方は6月22日の再放送で是非。
ネイマールのシュート分析に「待った」
番組の終盤ネイマールのシュートはギリギリまでコースを変えられることを分析していたのですが、その分析が正確ではなかったので指摘しておこうと思います。
番組ではネイマールのシュートと乾のシュートを比較していました。
特徴はひざに現れると言います。
番組での乾のシュートの説明
- 途中でひざの位置を固定し、そこを支点にしてひざ下を振っている
- 教科書通りのオーソドックスな蹴り方だ
- ヌンチャクのような蹴り方
- ひざを固定することでボールを確実に捉えられる
- ひざを固定した時点でシュートコースが決まってしまう
番組でのネイマールのシュートの説明
- ひざを固定しないまま脚全体で振り抜いている
- ネイマールは鞭の様な蹴り方 それがシュートの予測を困難にする
- 脚の付け根を支点としているためひざを自由に動かすことができる
- ギリギリまでシュートコースを調整できる
さて、指摘したい部分が2つあります。
①ネイマールもインパクトの瞬間ひざの位置が止まっている
番組の主張では「ひざを固定しないまま脚全体で振り抜いている」となっています。確かにひざの位置が動きつづけている時間は長いのですが、インパクトの瞬間は止まっています。
インパクトの瞬間は、物理学的理由により、ひざを固定した方が足先のスウィング速度は速くなります。(これについてはまた今度書きます。)
ネイマールもそれを(無意識的に)利用しているのでしょう。
もしこの番組を見たサッカー小僧が文字通り「ひざを固定しないまま振り抜く練習」をしてしまっては、ネイマールのようなシュートが打てなくなります。
冒頭と同じ動画ですが、25秒〜1分に出てくるCGを見て確認して下さい。
②ネイマールは「脚の付け根を支点としている」のではなく「固定された支点がない」「インパクト直前まで固定された支点を作らない」
支点というと、動かない点を言うと思いますが、ネイマールのキックでは脚の付け根は動き続けています。(これも先ほどとおなじCGで確認して下さい。)
ネイマールと乾、それぞれのひざ(蹴り脚)、ももの付け根(蹴り脚)、軸足のひざが動いているかどうか、各タイミングに着目してみると次のようになります。
乾は踏み込んだあとすぐに、ひざ、ももの付け根、軸足すべて止まってしまうのに対し、ネイマールはインパクトの直前まで体の全てが動き続けています。
「インパクトの直前まで固定された支点がない」この部分が非常に大事なポイントです。
インパクトの直前まで支点を作らないことにより、インパクトの瞬間ギリギリまで打ち方を調節できるのです。
よく言われる「しっかり踏み込んで蹴る」という意識でキックをすると体が動きつづけられなくなりがちです。
ネイマールのインパクトの直前まで支点を作らない蹴り方は以前紹介した二軸運動感覚の考え方に通じるところがあります。こちらの記事もどうぞ:どうやって二軸運動感覚を理解するか
分析は参考程度、実際の動きをよく見てまねする
NHKほどの優秀なTV局が力を入れて作った番組でも、部分的には分析結果の表現が不適切になっていることがあります。
スター選手のまねをして練習するときに大事なことは、分析は参考程度に聞いて、実際の動きをよく見てまねすることだと思います。
(注意:NHKのミラクルボディーの特集を否定している訳ではありません。私自身はこの番組が好きですし役に立つと思っています。)
(いただいたコメントをもとに一部修正しました)
指摘されている2点が矛盾しています。
膝を固定していると言いつつ、固定した支点をもたないとは?
インパクトの瞬間に固定しているという主張なら、固定した支点をもつが、その固定がインパクトの瞬間まで延ばされているというだけのことです。逆に固定した支点がないなら、インパクトの瞬間に固定もされていないはずです。
番組の表現方法を問題にされているようですが、むしろ論理的一貫性を欠いた表現になっています。そういう意味では不適切です。
仰りたいことは、分からなくもないのですが(笑)
ご指摘ありがとうございます。
確かにおっしゃる通りです。表現が不適切でした。
インパクトの直前までどこも固定しない。インパクトの瞬間にはひざを固定している。
このように訂正したいと思います。
このようなご指摘をいただけると大変有り難いです。これからもコメントよろしくお願いいたします。
もう一点追加します。
「ひざを固定しているかどうか」に関しては「表現方法の問題」としても良いかと思いますが、「足の付け根を支点としている」にかんしては、表現方法の問題ではなく、分析自体が不適切だと思っています。